会員マイページ

日本経営倫理学会

役員コラム「経営倫理の窓から」

「徒然草」とリスク管理(副会長 井上泉)

 受験勉強では難儀した古典「徒然草」だが、今になって読み返すと様々な気づきがある。作者兼好法師は、南北朝動乱の初期の人であるから、当時の世相や思想を反映して、女性蔑視、富貴下賤の差別意識が甚だしい。しかし中には今でも立派に通用する人間観察や教訓も数多い。その一つに今でいうリスク管理において心すべき根本理念を説いているものがあるので、紹介したい。

 ある親方が職人に指図して、高い木に登らせて枝の伐採をさせていた。職人が仕事を終え、木から降りはじめ屋根の高さ位までに降りてきた時に、「あやまちすな。心して降りよ」と言葉をかけた。高いところで作業しているときは何も言わなかったのに、降りる直前になってなぜそのようなことを言うのか不思議に思った兼好が理由を尋ねると、親方は「その事に候ふ。目くるめき、枝危きほどは、己れが恐れ侍れば、申さず。あやまちは、安き所に成りて必ず仕る事に候ふ」と答えたのである。【第109段】
 ここで親方が言っているのは、高所は怖いから誰もが用心する、もう少しで着地すると気が緩む時が危険だ、事故はもう安心と思う時に起きるということだが、これは真実をついている。

 労災事故が短期間に立て続けに起きた企業から、その原因分析を依頼されたことがあった。それらを観察すると、現場作業を終えて片付けに入ってから発生したものがあった。取り外した重い機器を両手に抱え、にわか作りの作業階段を禁止されているにもかかわらず、手すりにつかまらずに降り、つまずいて階段下に落下し重傷を負ったケース、現場から車で事務所に帰る途上、不用心に交差点を右折し、横断中の人をはねて死亡させたケースなど、主業務を終えて緊張が解けほっと一息つく瞬間での事故である。こうした事例に対して、「もっと気をつけろ」「慎重にやれ」では済まない。現場に向かう途上-作業現場-終了-後片付け-帰社途上に至る一連の業務プロセスにおけるリスクポイントを具体的に分析し、それらに対応した指導が必要となる。そして、「事故はもう安心と思う時に起きる」は不変の真理として心に留めおくべきことなのである。

 また、こういう話もある。上賀茂神社の競馬見物に行ったところ、観客が大混雑の中、木の上に登って見物している法師が居眠りをして、落ちそうになる瞬間に目を覚ましてしがみつくことを、何度も繰り返していた。人々は法師のそんな様子を、馬鹿な坊主だと嘲笑った。その時兼好は、「我等が生死の到来、ただ今にもやあらん。それを忘れて、物見て日を暮す、愚かなる事はなほまさりたるものを」と言った。周囲の人は「まことにさにこそ候ひけれ。尤も愚かに候ふ」とみな感心したという。【第41段】

 兼好は、我々の生死の境目もまさに今起こるのかもしれない。その事を忘れて、祭り見物で一日をつぶしている。愚かなのは木に座っている法師だけではなく、我らとて同じようなものではないかと説いているのだが、これは現代における各企業のリスク管理の形骸化に警鐘を鳴らしているようである。リスク管理として、リスク頻度と影響度をマトリックスにして、自社リスクを分類してこと終われりとしている企業があまりにも多い。リスク対応措置を一応作っては見るが、その実際の当てはまり具合や実効性の評価もほとんどしない。要するにやっていると称するリスク管理が、実は"魔除けのお札"化してしまい、みなそれに安住しているだけなのである。しかし、リスクはその油断につけこみ、大惨事をもたらす。
 どうやら、我々は、兼好法師の時代から700年以上たってもほとんど進歩していないようだ。

2026年6月3日
(ジャパンリスクソリューション代表取締役社長)

役員コラム「経営倫理の窓から」

役員コラム「経営倫理の窓から」