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日本経営倫理学会

役員コラム「経営倫理の窓から」

「正しさ」を考える公務員倫理(副会長 中谷常二)

 「タバコ休憩に出た職員が、30分たっても戻ってこない」「現場に行くたびに、業者の方が缶コーヒーを差し入れてくれる」。公務員の仕事には、規則を確認しただけでは、すぐに答えが出ない場面が少なくありません。明らかな違反とは言い切れない。でも、どこか引っかかる。そんな小さなモヤモヤこそ、公務員倫理について考える入り口です。
 政策の現場では、さらに難しい判断が求められます。乗客の少ない山間部のバスを、地域住民の生活を支えるために運行し続けるべきか。ごみ処理施設のように、社会には欠かせない一方で、近隣の人々には歓迎されにくい施設を、どこに、どのように建設するのか。どのような選択をしても、誰かに負担が生じることがあります。こうした問題について、誰もが納得する唯一の正解を見つけるのは簡単ではありません。
 これまで、公務員倫理というと、贈答や接待を受けてはいけない、情報を漏らしてはいけない、といった「べからず集」として語られがちでした。もちろん、ルールを守ることは大切です。しかし、現実の仕事で出会うすべての問題を、規則だけで解決できるわけではありません。必要なのは、「なぜ、その判断が正しいのか」を自分の言葉で考え、説明できる力です。
 拙著『考える公務員倫理』では、功利主義、義務論、正義論、徳倫理などの倫理学の考え方を、実際の仕事に活用できる「思考の道具」として紹介しています。本書のもとになった内容は、私が客員教授を務める人事院公務員研修所において、国家公務員総合職の採用者を対象とする研修でも活用してきました。専門用語を覚えることが目的ではありません。さまざまな立場から問題を眺め、よりよい判断へと近づくことが目的です。
 ただし、本書には、すべての問題を解決してくれる便利な模範解答はありません。価値観が多様化した社会では、どのような判断をしても、反対意見が生じる可能性があります。それでも行政は、何らかの方向性を示さなければなりません。その際に大切なのは、反対する人の立場にも配慮しながら、なぜその結論に至ったのかを筋道立てて説明することです。
 よりよい判断をするために、私は三つのことを大切にしています。第一は、事実を正確に把握すること。第二は、その判断によって何が起こるのか、関係者がどのように感じるのかを想像すること。第三は、「本当にこれでよいのか」と問い続けることです。簡単な答えに飛びつかず、少しでもよりよい結論を探し続ける。その姿勢こそが、倫理的な態度ではないでしょうか。
 公務員倫理は、単に失敗や不祥事を避けるためのものではありません。よりよい行政をつくり、国民や市民から信頼される仕事をするための土台です。本書が、日々のモヤモヤを見過ごさず、「正しさ」について立ち止まって考えるきっかけになれば幸いです。
  中谷常二『考える公務員倫理―事例で学ぶ「正しさ」の基準』中央経済社、2026年3月。

2026年7月1日
(近畿大学経営学部 教授)

役員コラム「経営倫理の窓から」

役員コラム「経営倫理の窓から」