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日本経営倫理学会

理事コラム「経営倫理の窓から」

経営倫理が目指すべきは世界標準化か、地域化・個別化か? (会長 潜道文子)

 CSR、SDGsやESGなど、ビジネスに関わる世界に広がる倫理的目標は、着実に、企業の行動を変化させているようにみえる。しかし、その過程でいくつかの問題も発生している。その中のひとつは、「グリーンウォッシュ」、「SDGsウォッシュ」、「ESGウォッシュ」といった「見せかけの倫理性発信」問題である。これらはもちろん、ステイクホルダーへの不誠実につながるものであるが、中には意図的ではなく、気づかないうちに、活動の矛盾のような反倫理的行為を行ってしまっているということもあるであろう。
 もうひとつ、重要な問題と考えられるのは、世界共通のルールに従うことは、ある特定の倫理を受け入れ、実践することであると考えるが、それは、ある国や地域、そして組織の歴史や文化に根差した伝統的な倫理を陰に押しやり、グローバルスタンド―ドな倫理に従うということを意味するということである。
 例えば、企業という組織の中にも長年の歴史の中で培ってきた価値観や倫理観が存在すると考えられるが、それらの中には、CSRやSDGsなどの枠組みとは直接、適合しないかもしれないが、倫理的な組織文化や意思決定・行動の源泉となっているものも少なからず存在するであろう。それらを捨てて、世界標準とされる倫理に従うことは、一時的には社会で評価されるかもしれないが、組織の根底から生み出される、社会の価値観の革新を牽引するような事業の創造にはつながらないのでないか。
 また、小学生から企業まで一斉にSDGsに基づいた活動へ進んでいく、現在の日本社会におけるSDGsブームは、経営倫理の発展を停滞させるというリスクをはらんでいるのではないだろうか。つまり、他の組織や他の国とは異なる「差異」こそが、世界に新しい視点を投げかけ、経営倫理を発展させる要因となると考えられるが、世界標準のルールに従うことに専念していることによって、その機会を喪失してしまっている可能性がある。
 実は、先日、外国人のビジネスパーソンに、「日本でよくみかけるSDGsの17の目標を示したロゴの表は、海外では一般的にはあまり知られていません」と言われたが、日本人の、きちんと世界の目標に従って行動しようとする特性が、経営倫理の地域化・個別化の重要性への気づきを阻んでいるのかもしれない。
 しかし、近年、SDGsやCSRの秀でた活動事例として表彰されている企業の中には、「我々の活動は、SDGsやCSRが注目される前から実践しているものであり、それらに沿った活動をしようと思って行っているわけではない」という発言をしているケースがある。自らの倫理を信じて貫いてきたことが価値を生み出しているということであろう。
 日本においては、日本人特有の倫理観を有する、優れた商人や企業家、企業が輩出されてきた。その倫理観を背景とした卓越性の本質を見極め、世界に発信していくことは、我々経営倫理分野の研究者の使命といえるのではないだろうか。
 (拓殖大学副学長・商学部教授)
 2022年2月8日