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日本経営倫理学会

理事コラム「経営倫理の窓から」

企業活動の中から得た個人の活動領域(常任理事 総務委員長 河口洋徳)

 いま「日本経営倫理学会」という組織の中で、こともあろうに役員をしている。20年少し前には想像もできなかった。きっかけは文字通り「ひょんなこと」からである。
 以前の勤務先で「企画本部」と称する組織にいた若い企画マンなる"稼がない" (当時私はそのように理解していた)輩が、ボス(社長)に忠言したことに始まった。いわゆる「中計(中期経営計画)」策定に当たって、これからは「CSR(社会責任経営)」を経営の軸に置くべき!との主張であったと聞く。この若者の発言はそれまで、自身も迷われていた(と思われる)ボスの意思決定につながった。CSR推進本部なるものが立ち上がったのである。そんなの誰がやるのか?と対岸の火事のように思っていた、当時首都圏の営業責任者であった自分が社長室に呼ばれ、「お前がやれ!」との事だった。良く耳にする「青天の霹靂」であった。当然思わず「何故私なのですか?」と聞き返す私に、そもそもCSRをやるべきと俺に言ったのがお前だから!との事。2年ほど企画の責任者をやっていた時期に確かに聞きかじりで「CSR」がこれから重要になります。と言ったことを思い出す。
 やれ売り上げだ、利益だ、成長率だ、シェアだと部下をあおり、自分も飛び回っていた2-3年の間にそんなことを言ったこと自体失念していたというのが本音!良い風潮だったが、当社には「言い出しっぺの原則」というのがあり、新規事業でもなんでも言い出しっぺがある程度まで引っ張る。そして3年を区切りに、続けるか止めるかを判断するのが、当時の不文律だった。そんな人事を新聞で見たとの事で、当時少し縁のあった中央大学の客員教授から、すぐに「日本経営倫理学会に入って勉強しなさい!」とほとんど命令のように誘われ、当学会の「企業行動研究部会」に引き込まれ(?)現在に至ったのである。
 大学で論文というものを書かずに卒業した自分にとって最も苦痛だったのが論文の作成。入会直後2-3年は、確か続けて論文なるものを書き、発表させて頂いたものの、お作法がなっていない!と先生方に厳しく言われ、少々嫌気がさしたころ、当学会と三身一体組織の一つであるBERCの先輩からお声をかけて頂き、「君もすでに定年を過ぎたのだろう、うちの手伝いをしてほしい」ということで、事務局に入局。役員定年の実施とかいう事情でいきなり専務理事を6年ほど務め、昨年役員定年で退任。さて自由人と思ったところで、長年ボランティアをしていた国連WFP協会で少しだけ手伝ってほしいとの事で、現在は同協会のエキスぺリエンツ・ボランティア、また同協会横浜支部副代表も兼務というのが現在の活動領域である。ウクライナ問題により、際立った食糧高の中、SDGs目標2の2030年達成に暗澹たる思いを持ちつつ、少しでも貢献ができればと世間に呼びかける毎日である!
(中央大学政策文化総合研究所 客員研究員、特定非営利活動法人 国際連合世界食糧計画WFP協会 横浜支部副代表兼エキスぺリエンツ・ボランティア)
2022年7月1日