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日本経営倫理学会

役員コラム「経営倫理の窓から」

企業コンプライアンス教育の新しい取り組み(監事 中谷常二)

 近年、多くの企業が不祥事発生の未然防止のためにコンプライアンス教育を実施している。社内のコンプライアンス担当部署の職員が講師をつとめることもあれば、社外講師に委託する企業もある。教育スタイルも様々で、講師が一方的に話をする座学型やグループディスカッションをメインにした双方向型、オンライン型などがある。内容は非違行為の内容やそれに伴う処分などを教える知識習得型のものが多い。もちろんこのような知識取得型の教育は不可欠であるが、スタイルや内容を変えて何度か同様な教育を実施すると、次第にマンネリ化してきて、おざなりな態度で受講されるようになり、満足度や効果が減少することが多い。少し工夫をして事例を使ったジレンマ型のディスカッションとりいれても、最終的には非違行為をしてはいけないという結論に収斂されるため、受講者も適当に答え合わせをするような態度で受講するようになってしまう。
 このようなコンプライアンス教育のマンネリ化を防ぐためには、独創的な創意工夫が必要となってくる。ここでは筆者がいくつかの企業で実践してきた、新しいコンプライアンス教育の取り組みを紹介しよう。
 コンプライアンスという名目でなされる教育に対して、受講者は「悪いことをするな」という禁止事項の教育かと身構えてくるものである。そこで「悪いことをするな」という教育のあり方を「よいことをしよう」という180度変えた内容で実施することで、職員のよい点を伸ばすことでコンプライアンスを達成するのが「インテグリティアプローチ研修」である。この試みはこれまでのコンプライアンス観を覆すものとして、多くの受講者に大変な驚きと好感をもって受け止められた。
 また、コンプライアンスというと面倒なものと感じている人も多く、そこに楽しみを見出す人は少ない。それでは楽しみながらコンプライアンスを学ぶことができるようにと創作したのが「ゲーミフィケーション研修」である。これは研修をカードゲームの形態にしたもので、楽しく討議をしながら経営理念の本質やコンプライアンスマインドを涵養できるものとなっている。
 高度な知識を持つ企業の経営者が不祥事を起こしてしまうのは、先行きやステークホルダーについての想像力が欠けていることが原因の一つといわれている。そこで、想像力を養成するために、ある判断によって何が起こり利害関係者はどう思うのかを考えさせる研修として「モラルイマジネーション研修」というのを発案し、実施してきた。
 ここで紹介した教育はいずれも既製品ではなく、各企業の現状と課題を踏まえた丁寧な作成が不可欠である。しかし時間と労力をかけた分だけ、受講者の心に残る有意義な教育とすることができる。マンネリ化したコンプライアンス教育を、新しい取り組みで受講者に好奇心を持って受講できるようにすることは、企業のコンプライアンス確立に重要な視点といえよう。

(近畿大学経営学部 教授)
 2024年4月9日

役員コラム「経営倫理の窓から」