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日本経営倫理学会

役員コラム「経営倫理の窓から」

城山三郎氏が残した「ゲンコツ付きの金屛風」 (広報委員長 荻野博司)

 バブル景気がはじけ、その歪みが社会のあちこちに顔を出してきたころ、数人の仲間とコーポレート・ガバナンスの研究組織を立ち上げようと考えた。1994年秋のことである。90年代に入ると欧米でガバナンス強化の動きが広がり、米国ではGMやIBM、アメリカン・エキスプレスといった大会社でCEOの退任が相次いだ。その背景には、社外取締役を中心とした取締役会の冷徹な判断があった。
 「こうした変化は日本でも起こる」。そう確信した面々は手弁当でシンポジウムを開き、同志を募ることになった。
 何よりも肝要なのが基調講演者の人選である。名前を出し合ううちに城山三郎氏に落ち着いた。経済小説という領域を切り拓き、直木賞も取っている超有名作家である。とはいえ、当方は30代から40代前半の働き盛りばかりで怖いもの知らず。さっそく逗子のご自宅にお電話をするとご本人が出られた。コーポレート・ガバナンスの意義をご説明したところ、関心を持たれた口ぶりだった。仕事場でお会いできることとなり、その場でご登壇を快諾してくれた。それも講演料は無し。東京・築地の会場には電車でお越しになるという。ガバナンスは日本社会にとってきわめて重要な課題であり、真剣に取り組む私たちの意気に感じてくれたそうだ。
 こんなありがたい話はない。当日は講師の魅力にひかれて300人を超す聴講者が詰めかけた。
 一人で楽屋に現れた城山さんは我々の裏方作業を黙ってご覧になったのち、演壇に上がられた。テーマは『会社は誰のものか 経営者、その魅力と限界』。40分ほどの講演のなかで強調されたのが、「ゲンコツ付きの金屛風」の意義だった。当時の東急グループの総帥で、経営のみならず文化面でも大きな足跡を残した五島昇氏を取り上げ、その背景に財界の大物である石坂泰三、水野成夫、小林中の各氏が当時の社外重役などとして控えていることを指摘した。日ごろは経営者を引き立てる金屏風でありながら、経営が王道をはずれると後ろから厳しいゲンコツが飛んでくる。社会を代表し、経営の慢心や暴走をただしてくれる、かけがえのないアウトサイダーというのだ。
 城山氏が鬼籍に入られて15年が経った。重役という古めかしい呼び名はすっかり姿を消したが、コーポレートガバナンス・コードに代表される規範や法令のもと社外取締役の拡充や実効性のある内部統制の確立を各社は急かされている。
 経営者が倫理感を忘れず、それを実際の経営の隅々にいきわたらせる仕組みづくりは、当学会の研究テーマの一つである。その実現を考える際に、城山氏が語る「ゲンコツ付きの金屛風」は30年近くを経ても古びないどころが、今こそ輝いているように思われる。
 ちなみに分不相応な講師を迎えたシンポジウムでスタートした組織は、他の団体との合併を経て、今は600人の会員を擁するNPO「日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(CGネット)」として活動を続けている。城山氏には感謝するばかりである。
(中央大学客員教授、CGネット執行役員)
2022年4月3日

役員コラム「経営倫理の窓から」