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日本経営倫理学会

役員コラム「経営倫理の窓から」

生命のエアコン(理事 岡部幸徳)

 炎暑が毎年続くこの気候、何年か前まではそのうち体がなれるだろうと見込んでいた。予想に反し年々暑さは厳しくなっていると感じる。子供の頃、私の家にはエアコンがなかった(当時の岡部家では「クーラー」と呼ばれた)。最新技術の新製品が子供心にうちの家にもあればいいのにと思っていた。
 近所の代田橋駅の商店街のスーパーまで、体を冷やしによく行った。買い物もせずに店内をウロウロしていた。怪しい少年だったに違いない。家庭が裕福ではなかったという理由が主だが、当時はまだ「エアコンディショナー」なる技術は一般家庭まで普及していない時代であった。「ビーバー」やら「しろくま」が夏の暑さをしのぐために懸命に販売を競っていたころである。古くからの学会員の先生方にはご存知の方も多いと思うが、本学会の設立にあたって尽力された水谷初代会長と手島理事が「ビーバー」の販売に注力されていた時代である。
 この頃のエアコンの役割は、「扇風機に代わって夏季の暑さをより過ごしやすくすること」だったと思う。室温温度は28度を目安に設定するようにと言われ始めたのもこの頃であろう。ではなぜ28度なのか。理由は室温と外気温の乖離が大きいと体への負担が大きいからといわれたことを覚えている。当時の最高気温は30度程度で35度超の日はなかったと思う。
 今日8月4日の東京の最高気温は36度だった。先日、あるエアコンメーカーに就職希望をする学生の模擬面接をした。その時にある学生が次のように志望理由を話した。「体温と同じ気温を過ごす時代のエアコンの役割は、命を守る、命を繋ぐ社会基盤となる重要技術です」
「命を守る、命を繋ぐ製品を世界中にひろげたい」と言っていた。
 声に出さずともわかっているが、言われて改めてハッとする経験を久しぶりにした。学生たちにいろいろ教わる経験はいつも大変貴重な示唆を与えてくれる。
 私にとって子供の頃の憧れの家電が、今の時代においてはなければ命を落としかねないほど技術になるとは考えてもみなかった。
 時代の変遷、価値観の変化を実感した経験であった。

(帝京平成大学人文社会学部経営学科教授、英国レスター大学スクールオブビジネス客員教授)
2023年8月5日

役員コラム「経営倫理の窓から」