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日本経営倫理学会

役員コラム「経営倫理の窓から」

環境・社会課題の解決を重視した株式会社の実現のために(理事 林順一)

 株式会社(以下「会社」という)は、誰のために、そして何を目的として活動すべきであるのか。経営倫理の立場からは、従業員、顧客などのステークホルダーのために、そして地球環境保護や人権問題などの環境・社会課題の解決のために活動して欲しい。しかし残念ながら、現状は必ずしもそのようにはなっていない。わが国では、米国の影響を強く受けて、株主のための会社という考え方が更に強化されているように思われる。ではどうしたらいいのか。
 米国では2010年頃から、複数の州で、ベネフィットコーポレーションという法制度が導入されている。これは、通常の株式会社とは異なり、取締役が意思決定をする際に、幅広いステークホルダーを考慮することや、会社の目的として公共の利益を明記することを求める新しい株式会社の形態である。わが国ではこの形態の株式会社がまだ認められていないが、たとえばフランスでは、2019年の法改正により、ベネフィットコーポレーションのフランス版である「使命を果たす会社」の設立が可能となった。そして、2020年にダノンが、株主総会での圧倒的多数の賛成を経て、上場会社第1号として、この形態の株式会社に転換した。
 ダノンは100年前の設立以来、環境・社会課題に取り組む会社を標榜し、またESG格付機関から高い評価を得ている会社であるが、コロナ禍の業績不振・株価大幅下落を背景として、株主からの圧力により、「使命を果たす会社」への転換を強力に進めたCEOが解任された。このことは、定款に環境・社会目的を明記する形態の会社であっても、それが株式会社である限り、株主利益を求める株主の意向には逆らえないことを意味している。
 ESGを標榜する機関投資家も多く存在するが、機関投資家には「専ら受益者の利益のために」という受託者責任が課せられており、これは通常、委託者・受益者からの特段の要請がない限り、法令の範囲内で経済的リターンの最大化を追求することを意味する。最近の米国ではESG投資の可否を巡る議論が盛んであるが、ESG投資の本質は、ESG要素が受益者の利益に資する限りにおいて、環境・社会課題などに取り組む会社を評価するというものである。
 ではどうしたらいいのか。考えるに、株式会社制度というものは人間が考えたものであり、1600年の東インド会社設立以来たかだか400年の歴史があるに過ぎない。米国のエリザベス・ウォーレン上院議員が指摘するように、法律の制定によって現行の株式会社制度を「望ましい」方向に規律づけすることは可能であり、またそうすべきであろう。わが国では、国会の決議で法律が改正され、また国会議員を選任するのは国民であるのだから、国民が望めば、「望ましい」方向に法律を変えることができる。環境・社会課題の解決を重視した株式会社を実現するためには、会社や投資家だけに期待するのではなく、法律の改正などを通じた政府による規律づけの強化と、上記では論じられなかったが、NGOなどの市民社会からの圧力が必要とされると考える。
 2023年5月2日
 (青山学院大学国際マネジメント学術フロンティア・センター 特別研究員)


役員コラム「経営倫理の窓から」