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日本経営倫理学会

役員コラム「経営倫理の窓から」

研究と臨床(理事・研究交流例会委員会委員長 水村典弘)

 日本企業は、コンプライアンス推進の体制を整備するとともに、内部通報制度の整備・運用にも努めている。にもかかわらず、社内・職場での不正は後を絶たず、社会的に重大な影響を与える不祥事も止まない。現場の実態に目を遣ると、コンプライアンス研修は現場で働く社員の間に「やらされ感」を生むとされ、現行のコンプライアンス態勢は「上から目線」だと揶揄される。また、経営主導のコンプライアンス推進の態勢は、現場で働く社員の間に面従腹背の態度を生む可能性も指摘される。

 現代の経営に埋め込まれたコンプライアンスの制度がなぜこうも疑問視されるのか。筆者はこれまで、社会科学の領域で先端的な行動倫理学(Behavioral Ethics)の知見や研究の成果を取り込んで、「なぜ人は不正を働くのか」を掘り下げて分析してきた。直近では、認知科学や神経科学の切り口をはじめとして、組織行動論(OB)の領域で広く知られる「「結果が全て」のメンタリティ(BLM)」研究や、「(会社や部門のためを思う)非倫理的向組織行動(UPB)」研究の成果を踏まえて、「現場で働く社員は、どのような状況に置かれると「不正もやむなし」だと思うのか」のメカニズムの一端を解明した。と同時に、「(製品・媒体表現)倫理アドバイザー」、「コンサルティング」及び「コンプライアンス研修」などといった業務を請け負って現場で働く人の生の声を自分で集めてきている。

 研究と臨床:二足の草鞋を履く生活でこれまでに明らかにできたのは、「「よくないこと」だと知りながら「背に腹は代えられぬ」「不正もやむなし」とばかりに不正な行動を選択する人間心理は複雑だ」ということだ。つまり、現場で働く社員が不正に手を染める要因は一元的でなく、様々な要因が複雑に絡み合って不正な行動が選択されるのである。取材源は明らかにできないが、社内や職場で不正に関与した人に訊くと、当の本人のためでなく、社内外の誰かに便宜を払うなどといった特段の事情もなく、不正を働いた方が何かと都合がいいと考えて不正・不当な手段を選び取るのだという。ここまで読んだ人の多くは「そりゃそうだ」「いまさら当たり前のことを言われても」と思うのではないだろうか。筆者の問題関心はまさにそこにある。日々の生活や目の前の業務に溶け込んで見えなくなる不正の発生メカニズムを明らかにして、誰も幸せにしない不正を少しでも減らしていきたい。

(埼玉大学大学院人文社会科学研究科 教授)
 2024年2月10日

役員コラム「経営倫理の窓から」