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日本経営倫理学会

役員コラム「経営倫理の窓から」

統合戦略と戦略的利他主義(常任理事 劉慶紅)

 現代企業は社会的責任が求められ、企業活動における倫理基準が必要となっている。これまで倫理基準というと、西洋の功利主義や義務論などが論及されるのが一般的であったが、私はかねてより、京セラ創業者である稲盛和夫氏の「利他の心」の経営哲学に着眼し、稲盛氏の思想的背景などを論じ、その研究成果を『利他と責任―稲盛和夫経営倫理思想研究』(千倉書房、2021年度・日本経営倫理学会『水谷雅一(書籍)賞』受賞)として発表した。
 しかし利潤追求を目的とするビジネスにおいて「利他」を唱えることは、単なる理想論、建前論と誤解される恐れがあり、利潤追求と利他(倫理性)が矛盾関係にはないことの証明が必要であると考えて来た。
 一般的に「利他」は「利己」の対義概念と捉えられ、「利他」と「利己」は矛盾関係にあると考えられがちである。しかし一人の人間の内心において、両者は混在しており、両立が可能である。稲盛氏も利己心を否定しておらず、むしろ利己心の重要性を認識している。
 また企業においては、利潤追求とCSRによる倫理性追求がトレードオフの関係にあり、一方を追求すると、他方は追求できないと思われ勝ちであるが、企業が長年にわたって持続可能なビジネスを展開する上では、一時的な利益を追求するのではなく社会的貢献を果たすことも必要であり、倫理性追求が企業の存続につながり、利潤の獲得にもつながる。
 従来の企業戦略論においては「市場戦略」が中心に論じられて来ていたが、地球環境の持続可能性などが論じられる現代においては、「市場戦略」のみならず、「非市場戦略」も重要性を増して来ている。今後の企業には、「市場戦略」と「非市場戦略」を統合した「統合戦略」が重要であり、その立案においては、利潤追求を目指す市場戦略と矛盾・相克しない倫理基準を企業が持つことが必要となる。
 この統合戦略の視点に立脚すると、稲盛氏の「利他」の思想は、単なる建前論や理想論ではなく、極めて優れた企業戦略であることが明らかであると考え、筆者は稲盛氏の思想に学びながら、企業戦略としての利他主義を提唱し、『戦略的利他主義―稲盛経営哲学に学ぶ統合戦略』(千倉書房、2023年)という著書を発刊した。今後の企業戦略にとって「利他」は、重要なキーワードの一つである。その証左として、最近、トヨタの豊田章男会長が「利他」を唱えるなど、拡がりが見られる。
 私事にわたることで恐縮であるが、筆者は立命館大学を3月末で退職し、慶應義塾大学に移った。新天地においてさらなる研究に従事したいと考えている。
 (慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授 博士(公共経営)・博士(教育学)・博士(哲学))
 2023年4月1日

役員コラム「経営倫理の窓から」