会員マイページ

日本経営倫理学会

役員コラム「経営倫理の窓から」

企業不祥事は防止できるか(常任理事 井上 泉)

 先日あるファンドマネジャーと話をする機会があった。彼は次のような疑問を抱いていた。まず「企業不祥事は防止できるのか?」であり、次に「企業の打ち出す不祥事再発防止策は有効なのか?」であった。不祥事発覚後、その会社の株価が大きく下落する事象は何回も起きているから、顧客のために巨額の投資を行う機関投資家にとって、この問題は他人ごとではない。私は次のようにコメントした。
 「企業不祥事は防止できるのか?」であるが、答えはできないである。「企業不祥事」という言葉が誤解を招く元になっているのだが、不祥事をあたかも「企業」が起こすように理解するのは錯覚である。あらゆる企業不祥事は無機質な「企業」が起こしているのではなく、心や感情を持った「人」なのである。そしてその「人」とは経営者であり、従業員である。人は弱いものである。平時には確固たる倫理観や道徳律に従う人も、環境が変わる、例えば立場の危険や経済的不調が迫ると、とんでもないことを始める"いきもの"なのである。私はこれを「人間性弱説」と呼んでいるが、性弱な人間を法律や仕組みで縛ることには限界がある。また、企業は永続的かもしれないが、企業を構成する人は、定年や退職、異動により変わるのが常である。不祥事の教訓が伝承されない理由はここにある。したがって、不祥事や会社にとって不都合な事象は、これからも必ず起こるのである。対策を取ったからもう大丈夫だという思い込みを捨てなければならない。
 もう一つの疑問「企業の打ち出す不祥事再発防止策は有効なのか?」であるが、公表された再発防止策を読んでみても実際のところ、それらが有効かどうかは分からない。なぜなら、それらが本当に実行されているか外部からは窺い知れないからだ。対策実施後、不祥事が起きなければ、有効であったと思いたいが、単に運が良かっただけかもしれない。こう言ってしまうと身も蓋もないが、「正しい再発防止策は正しい原因分析に従う」ということは言えるだろう。
 業務が適宜適法適切に遂行されていないことが判明したときに、定められた手順やルールで仕事をしなかった現場に問題があったと指摘し、今後は規程・ルールの徹底に努めるといったことをもって再発防止策とすることがしばしば行われている。しかし、これはいわば"コインの裏返し的発想"(おもてがダメだったから、裏に返す)であり、なぜそのようなことになったのかという原因の更なる深掘りが必要である。また、再発防止策を「誰が」、「誰に対して」、「いつまでに」、「どの程度」行うかが曖昧なことが多い。具体性のない対策は単なる祝詞となり易い。再発防止策を実効性のあるものにするためには、対策そのものを具体的に構成し、その進捗、達成度合いを"見える化"し、取締役会への報告も含め全社的にフォローしていくことが必要である。
 こうした私のコメントに対し、ファンドマネジャーは「やはり、そうでうすか」とため息をついた。
 (2023年3月9日)

役員コラム「経営倫理の窓から」