会員マイページ

日本経営倫理学会

役員コラム「経営倫理の窓から」

実務と研究の間を往復する(理事 佐々木恭子)

 企業で15年にわたり環境経営やCSRの実務に携わった後、私は当時所属していた会社を休職し、オーストラリアの大学院で博士号取得を目指すという道を選んだ。この選択は、自分が抱いてきた問いを深く掘り下げてみたいという好奇心がもたらしたものだ。実務の現場ではCSRやサステナビリティは「どう進めるか」が焦点となり、限られた資源の中で測定可能な成果を求められる。だが同時に、「企業は社会の中でどのような役割を果たすべきなのか」という根源的な問いは、日々の業務に押し流されがちだった。
 大学院に入ってすぐ、戸惑いを覚えた。論文の多くには、会社員として既に経験し、理解していることが書かれているように見え、新たに学ぶことは何もないように思えたからだ。「実務で直面してきた状況を説明したところで何が新しいのか」「研究者は何を価値として生み出しているのだろう」という疑問は拭えなかった。しかし研究を進め、自ら論文を書くにつれ、理論が個別企業の文脈を超えて現象を比較し、構造化し、普遍化するための枠組みであることに気づいた。実務での経験を理論に照らすことで、実際に起きていることをより深く理解できるようになった。
 博士号を取得した後、私は再び企業の現場に戻り、CSRやサステナビリティの実務に従事している。同時に、研究者として論文執筆を続け、大学での教育活動にも携わっている。実務と研究という二つの立場を往復することで、両者が互いに補い合い、新たな視点を生み出すことを日々実感している。研究で得た知見は、現場での意思決定を支え、現場での経験は研究にリアリティを与えてくれる。どちらか一方だけでは見えなかった景色が、二つの視点を持つことで見えてくる。
 研究者としてスタート地点に立ったばかりの私は、経営倫理の領域は、実務経験を持つ者にも開かれていてほしいという思いを強くしている。現場で培った知恵や葛藤は、学術が扱うべき重要な問いへと結びつく可能性を秘めているからだ。当学会はそのような実務経験者にも広く門戸を開いている。私自身、実務と学術の往復から多くを学んできた一人として、この領域に関心を持つ実務経験者が一歩踏み出すことを歓迎したい。

2025年12月1日
(モナシュ大学 社会科学研究科 研究員、法政大学大学院 地域創造インスティチュート 兼任講師)

役員コラム「経営倫理の窓から」

役員コラム「経営倫理の窓から」