企業経営における「正しさ」とは何か? コンプライアンスの重要性が叫ばれる昨今、私たちは「ルール(規則)」を遵守することに腐心していると言える。しかし、組織の永続性を考えるならば、規則の遵守を越えた先にある「マナー(社会への配慮)」や「エチケット(個人への敬意)」を、3つの視点、王道・覇道・邪道から捉え直す必要がある。
まず「覇道」とは、武力や権力、すなわち外在的な強制力によって秩序を築く道である。これを現代の経営に当てはめれば「ルールの徹底」に相当する。法規制や社内規定という「定規」を用い、違反には罰則を以て臨む。これは組織を統治する上で不可欠な基盤であるが、主語が「罰則を課す側」や「規制当局」にあり、構成員は受動的な存在に留まりやすい。覇道のみに頼る経営は、監視の目が届かない場所で容易に脆さを露呈する。
一方、自らの利得のために規則の隙間を突き、他者を欺くのが「邪道」である。ここではエチケットやマナーは単なる「手段」へと形骸化し、誠実さは失われる。主語が「自己の利益」にのみ置かれたとき、組織は信頼という最大の資産を自ら毀損していく。
対して「王道」とは、徳や仁義、すなわち内発的な道徳心によって人心を掌握し、理想の社会を築く道である。マナーやエチケットは、この王道を体現する振る舞いに他ならない。マナーは「社会の一員としての私」が周囲の調和を願う公徳心であり、エチケットは「一対一の私」が目の前の相手を尊ぶ誠実さである。ここでは「正しさ」の主語は他者や規則ではなく、常に「意志を持つ私」に置かれている。
真の経営倫理とは、覇道(ルール)による統治を前提としつつも、それを超えた王道(マナー・エチケット)を志向するプロセスにある。主語を「組織の論理」から「自律した私」へと引き戻し、誰に強制されることもなく、自らの良心に照らして最善の振る舞いを選択すること。この自律的な意志の集積こそが、ステークホルダーとの揺るぎない信頼関係を築く。経営者に求められる資質に「人並の経営感覚と人並を大きくしのぐ倫理観」と言われる所以である。
規則という「定規」は社会の最低限の境界線を示すが、企業の品格を決めるのは、その内側で「私」がどう在りたいかという王道の精神である。形式的な規範を越え、一人ひとりが正しさの主体となる経営(行動)こそが、激動の時代において持続可能な価値を創造する礎となると確信している。
2026年2月1日
(企業行動研究部会長、アイシーティーリンク株式会社 監査役、International Coaching Community::Excective Coach)